千葉県佐原市(現香取市)に、千葉県では成田山と並んでよく知られる寺社として香取神宮がある。香取神宮はその縁起を神武天皇の時代に遡り、経津主大神を奉祀する日本最古級の、由緒深い神社である。そして歴代の皇室から極めて厚い取り扱いを受けてきた。それだけに、長い歴史とともに所蔵されてきた多くの宝物や美術品を有している。中には国宝、重要文化財も多く、千葉県指定の文化財を含め、200点を超える多数だ。
しかし、第二次世界大戦の混乱の中で失われてしまった貴重な宝物もある。そのひとつに「香取神宮年中行事絵巻」があった。
幸いこの絵巻物は写真が有った。
この「香取神宮年中行事絵巻」を復元したいとの願望を持っていた高橋宮司は、たまたま小幡春生の作品に出会い、「この画家なら復元できるに違いない」と確信する。しかも郷土の作家である。
1.「香取神宮年中行事絵巻」復元
1)天皇皇后両陛下御親拝記念に奉納
そうです。この作品は春生が、香取神宮の高橋宮司から直接依頼を受け、1年数ヶ月を掛けて、精魂込めて描き上げた作品群なのです。
そして、平成4年11月に天皇皇后両陛下が御親拝遊ばされたことを記念して奉納したものなのです。
2)宮司自ら依頼に
平成3年のことである。高橋宮司は自ら横浜にアトリエを構える春生を訪ね、「香取神宮年中行事絵巻」の復元を依頼した。
「滅多に無いことですが、宮司がご自分で依頼したんです」(香取神宮権禰宜・雪松氏)
この直々の依頼を受け、春生は感激している。周囲にもそのことを話し、喜びを隠していない。
「実は、こちらは絵巻物で依頼したつもりだったんですが、それぞれ50号くらいの大きな額装された作品になったんです」(香取神宮権禰宜・雪松氏)
その口ぶりには少し困ったような気分が感じられたので、問いただすと、
「大作なので飾ることが出来ないんですよ。飾る場所が無くて」(雪松権禰宜)
確かに、香取神宮に宝物館は有るが、これらの大作10点の絵を飾るようなスペースは無さそうだ。
春生は、香取神宮の宮司から直接依頼された感激を表したかったのだろう、巻物という小さなものではなく、50号クラスの大作10枚にして奉納している。全作品、絹本彩色の本格的な日本画である。
3)宝物殿で公開
奉納された香取神宮はこれを喜び、宝物館にて、平成4年12月から平成5年3月まで、4ヶ月間の特別展として公開している。
「常設している宝物を整理して展示しました。入場料を取って公開したのですが、たくさんの方が入館してくださいました」(雪松権禰宜)
どうやら春生の心は好感を持って受け入れられたようだ。
春生は、この作品10点を1年以上掛けて仕上げている。この間ほかの仕事はほとんどしていない。精魂込めた力作といっていいだろう。
この後、春生は所持していた「伝豊臣家箙(えびら)」と「古瓦硯」を奉納している。これは現在も宝物館に公開されている。
さらに数年後には、「岩戸開」(天の岩戸から天照大神を引き出す図)を奉納している。これも現在宝物館に展示されているので、参拝された折にはご覧いただきたい。
これに対し、高橋宮司は手厚い感謝で応えている。
「しばらくの間、宮司は毎年、横浜の小幡画伯のアトリエにご挨拶に伺っていました。私も宮司にお供してアトリエに伺いましたが驚きました。あれだけの先生ですから、きっと立派なアトリエをお持ちなのかと思っていたら四畳半くらいの小さな部屋なんです」(雪松権禰宜)
春生の四畳半アトリエは有名だが、それを知らない雪松権禰宜は随分と驚いたことだろう。
それにしても、由緒ある香取神宮に十数点も作品が所蔵されているということは大変名誉なことであろう。願うらくは、常設されて多くの参拝者に見ていただける環境があることだ。
とはいえ、小幡春生、幸せな芸術家であった。
|