愛を描く天才・小幡春生 〜その作品と人生〜

作品探訪

5.戦争と平和画ワールド

1)稚拙な線画で

 重いテーマである。一歩間違えるといやらしい戦争批判画になってしまう。しかし春生は、自らの戦争体験、抑留時代、敗戦により翻弄される人々、特に弱い立場にいる人々の姿を描いている。自ら目撃した光景を描いている。
 その戦争画は、春生のそのほかの作品からは比較できないほど稚拙である。あたかも少年雑誌の挿絵かと思われるほどの出来である。
 そして、あまりに悲惨なその情景は、着色することが出来ないでいる。

『絶対に色などつけられない』と言っていました」(八城氏)。
 それは春生の風貌からは汲み取ることの難しいほどの、心の底からの優しさである。

 この敗戦後の体験は、春生の人生を決定付けたと言ってよいだろう。

2)突き上げてくる心の表現

 ロシア兵から自分の女子生徒たちを守ろうとして自らの体を差し出す女教師。敗戦により逃げる途中で親に死なれてしまい途方にくれる子供たち。ロシア兵から娘を守ろうとして撃ち殺される父親。

 ここに描かれた光景でさえ悲惨の極みだが、春生は、さらにその先にある悲惨さにまで心を寄せて描いている。しかし、春生にはその悲惨さを救うことは出来ない。そして、心は観音菩薩、地蔵菩薩、不動明王へと向かうのである。
 仏画を描く日本画家は多いが、春生ほど宗教心を持って仏画を描く作家はいないのではないだろうか。春生ほど、心から救いを求めて仏様を描く画家はいないのではないか。

 戦争画と仏画、関係の無いテーマであるかのように思われるが、あるいは矛盾するモチーフであるかのように思われるが、春生の心は自身の戦争体験により深く繋がっているのである。
 だから、春生は作品を商品とは考えていない。突き上げてくる心の表現されたものだと考えている。いや、そう意識してさえいないに違いない。だから、春生は簡単には絵を売ろうとしなかったのだ。